tdf & le coq sportif

HISTORY OF TOUR DE FRANCE AND LE COQ SPORTIF

英雄と雄鶏。勝利に愛された、栄光の歴史。

TEXT BY GEN SUGAI

1930

FIRST CYCLING JERSEY

最初のサイクリング・ジャージ、
「The No.29」誕生。

1951

PROVIDES EQUIPMENT TO
TOUR DE FRANCE CYCLISTS

'51 ツアーウィナー、ユーゴ・ゴブレが
マイヨ・ジョーヌ獲得。

▶ READ MORE

スイス人の自転車選手というと、誰を思い浮かべるだろうか。今ならファビアン・カンチェラーラが筆頭であろうが、1950年代に活躍したユーゴ・ゴブレも、スイスを代表する自転車選手だ。
1950年のジロ・デ・イタリアで、イタリア人以外では初の総合優勝を達成。翌1951年のツール・ド・フランスでは、ジーノ・バルタリやファウスト・コッピを擁す優勝候補のイタリアチームを圧倒、フランスのラファエル・ジェミニアーニに大差をつけて総合優勝を果たした。スイス人のツール・ド・フランス制覇は前年のフェルディナント・キュプラーに次いで2人目で、その後スイス人の総合優勝者は出ていない。
レースでも櫛とコロンを携行し、ハンサムで優しい男と評判だったコブレだが、キャリア晩年は満足な成績を残せず1958年に現役を引退。

(C)PRESSE SPORTS

1961

JACQUES ANQUETIL TAKES PART TO
THE TOUR FOR THE FOURTH TIME.

“メートル・ジャツク”、
4年連続、5度目のキングへ。

▶ READ MORE

ツール・ド・フランスの歴史の中で歴代最多タイとなる5度の総合優勝を成し遂げたのが、フランス人のジャック・アンクティル。通算5勝を挙げたのはアンティクルが最初だ。1957年に初出場すると、区間でも4勝を挙げる活躍で総合優勝。そして、1961年から1964年に渡り、史上初の4連覇を達成している。
4連覇の始まりとなった1961年の大会は、アンティクルの戦い方を象徴するものでもあった。
なにせタイムトライアルに強い。前後半があった第1ステージの前半こそアンドレ・ダリガード(フランス)が制しマイヨ・ジョーヌを着たものの、第1ステージ後半の個人タイムトライアルで早くも2位に5分近い差をつける。山岳を含むその他のステージはそつなくこなし総合首位を保ち、第19ステージの個人タイムトライアルで圧勝、結局最終ステージまで守り切った。
現代に通ずるスタイルを確立したとも言えるが、その勝ち方には批判もあったという。

(C)PRESSE SPORTS

1971

1971 TOUR DE FRANCE, EDDY MERCKX
WON FOR HIS THIRD TIME !

TDF勝率5/7。雄鶏を纏う“カニバル”
エディ・メルクス、レジェンド誕生前夜。

▶ READ MORE

ツール・ド・フランスで5度の総合優勝を達成したひとりで、ザ・カニバル(人食い)と呼ばれたエディ・メルクス(ベルギー)。そのニックネームは勝利に執着する姿勢から生まれたものだ。
1965年のプロデビュー以降、ビッグレースでの勝利を量産。1969年に初めてツール・ド・フランスを制すると、1970年にはジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランスの両方で総合優勝し「ダブルツール」を達成した。
そして1971年、クラシックレースではミラノ〜サンレモ、フレーシュ・ワロンヌ、リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ、ジロ・ディ・ロンバルディアで優勝。ドーフィネ・リベレも勝ち、ツール・ド・フランスではステージ4勝を挙げ総合優勝とポイント賞を獲得、さらには世界選手権も勝った。「総なめ」とはこのことだ。
フレームを何本も作らせたり、パーツを大胆に肉抜きして軽量化したりと、勝利のために機材にも徹底的にこだわっていた。

1975

BERNARD THEVENET.
THE AMAZING CLIMBER DESCEND TO EARTH!

新たな男、ベルナール・テブネ。メルクスの
ゴールデンエイジに終止符を打つ。

▶ READ MORE

ツール・ド・フランス総合優勝2回のベルナール・テブネ(フランス)は、人食い・メルクスを止めた男として知られる。
1973年のツール・ド・フランスでルイス・オカーニャ(スペイン)に大差を付けられたとはいえ、総合2位。ちなみにエディ・メルクスは、この年の大会に出場していなかった。「メルクスがいてもオカーニャが勝っていたのでは?」という人は多いが、直接負かされたわけでなかったのは事実だ。
そして1975年。ドーフィネ・リベレを制したテブネは、第15ステージでメルクスを抑えて勝利、メルクスからマイヨ・ジョーヌも奪うと続く第16ステージも勝利した。そして最終ステージまで総合首位を守り、ツール・ド・フランス総合優勝という栄誉を手にする。テブネはメルクスに勝ったのだ。
テブネをアシストしたのは、観客だったのかもしれない。テブネが勝利した第15ステージのイゾアール峠で、メルクスは観客からパンチを喰らっている。

1979

BERNARD HINAULT IS WITHOUT A DOUBT ONE OF
THE BEST FRENCH CYCLISTS THERE EVER WAS.

フランスの最高傑作、ベルナール・イノー、
7区間を制し、マイヨヴェールを獲得。

▶ READ MORE

ツール・ド・フランスのテレビ中継において、表彰台に上がり選手と握手をしたり、マイヨ・ジョーヌを着るのを手伝う姿もおなじみ。ブルターニュ地方出身のこの男こそ、5度のツール・ド・フランス総合優勝を成し遂げた「穴熊」ことベルナール・イノーである。
山岳も平地もタイムトライアルも強く、戦略にも秀でており、エディ・メルクスに匹敵するとまで言われるイノー。彼もまた、勝利への強い執着心を持つことで知られる。1979年のツール・ド・フランスでは、山岳に強いヨープ・ズートメルク(オランダ)を退けて総合優勝。総合だけではなくステージ7勝を挙げ、スプリント賞にも輝いた。
1986年の大会では、前年に自身の総合優勝をアシストしたチームメートのグレッグ・レモンを勝たせると公言しながら、それを反故にしてアタック。結果としてレモンには敵わず同年に引退した。
現在、ツール・ド・フランスで総合優勝をした最後のフランス人だ。

(C)PRESSE SPORTS

1986

HIS CAREER WAS FILLED WITH GREAT VICTORIES
AND HE WAS THE FIRST AMERICAN TO WIN

グレッグ・レモン、TDF史上初の
アメリカ人優勝者誕生。

▶ READ MORE

1985年のツール・ド・フランスにおいて、落車でダメージを負ったチームのエース、ベルナール・イノーをアシストして彼の総合優勝に貢献したグレッグ・レモン(アメリカ)。イノーは「来年はレモンを優勝させる」と公言したが、1986年のツール・ド・フランスは波乱含みであった。
第12ステージ、イノーがレモンを置き去りにしてアタックをしかけたのだ。その後もアタックを続けレモンを攻撃するイノー。見る側も困惑する分裂劇の中、それでもレモンは、ヨーロッパ人以外では初めての総合勝者となる。
この総合優勝で、レモンの時代が来たと多くの人が感じたはずだ。しかし1987年4月、レモンは狩猟中に散弾銃を被弾。命は助かったが、1987年、1988年のツール・ド・フランスは欠場した。ブランクを経て1989年と1990年は最終盤の個人タイムトライアルで逆転、ツールを連覇したのだから、狩猟事故さえなけば5勝したのかもしれない。

(C)PRESSE SPORTS

2014

VINCENZO NIBALI WON THE
2014 TOUR DE FRANCE

新星・ヴィンチェンツォ・ニバリ、
史上6人目のグランツール完全制覇へ。

▶ READ MORE

シチリア島はメッシーナの出身で「海峡のサメ」なる愛称を持つヴィンチェンツォ・ニバリ(イタリア)。派手なパフォーマンスはなく、もの静かな印象が強いが、ここぞという場面での走りは観客を魅了する。
2014年のツール・ド・フランスでは強さが際立っていた。クリス・フルームやアルベルト・コンタドールが落車リタイヤしだが、不運に巻き込まれないのも実力である。第2ステージでマイヨ・ジョーヌを獲得すると、第9ステージで一度手放したのみで最終日まで守り抜き、初のツール制覇、そしてグランツール制覇を達成した。
2010年のブエルタ・ア・エスパーニャでも、総合首位の選手が落車リタイアをきっかけに総合首位に浮上、2016年のジロ・デ・イタリアでもマリア・ローザが落車したステージを制して主役に躍り出たが、棚ぼたなどと言う者はいない。
静かでしたたか。危険を回避し危機に耐え、千載一遇のチャンスを確実に掴む。それがニバリだ。

2016

BLEU BLANC JAUNE.
NEW LEADER JERSEY

新たな英雄が継承する、
リーダージャージ、登場。

2016年のツール・ド・フランスは、フランスの象徴とも言えるモンサンミッシェルからスタートをきります。昨年、一昨年のスタート地点はフランスではなくイギリスのヨークシャー、オランダのユトレヒトでスタートを切りました。今大会のスタート地点がフランスに回帰したことを祝い、リーダージャージはフレンチトリコロールカラーを両サイドのバックシームに施した仕様になっております。

ルコックスポルティフのジャージは、ブランドが持つ最上級の技術とノウハウを結集した商品をレースリーダーへ提供しています。各パーツへ最適なハイテク素材を搭載し、ライダーの動きに合わせたカッティング手法を使いフィット性と通気性を併せ持っています。袖には、しなやかで縫い目のないエラスタン混紡生地を使い、快適なフィッティングを提供します。袖丈は、上腕三頭筋の真下に収まる長さにし、止血点にかからず腕の血流を妨げることもありません。

前身ごろのジッパーと全背面パネルは、通気性に優れ空気の循環を促します。これらの機能は、天候変化などでもライダーの体温を最適な状態に調整し、エネルギーの消耗を抑える機能を発揮します。

ライダーにとって、パフォーマンス中の空気抵抗をいかに抑えるか、またフィッティングによっていかにパフォーマンスを発揮できるかが非常に重要です。このジャージには、フラットな縫い目により摩擦を軽減し、裾の内側にシリコン製のバンド、背面には伸縮性の素材、袖口の内側にはポリウレタン製のバンドを搭載。これらによってライダーのトップパフォーマンスを再現します。

ロゴも昨シーズン同様にトリコロールアーチの上に鶏をあしらったパフォーマンスロゴが特徴です。昨シーズンから新しく登場したパフォーマンスロゴは、フランス革命記念日である2015年7月14日に開催されたツール・ド・フランス第10ステージで初めて披露され、ルコックスポルティフが様々な競技のプロチーム・選手に商品を提供していくことで、見事なデビューを果たしました。

ツール・ド・フランスにおいて、総合首位のみが着用を許されるジャージ、マイヨ・ジョーヌ。スプリント賞のマイヨ・ヴェール、新人賞のマイヨ・ブラン、そして山岳賞のマイヨ・ブラン・ア・ポワ・ルージュ。これらジャージは、フランス・オーブにあるルコックスポルティフのロミリー・シュール・セーヌの工場にて製作されている。